実はこの記事を書くのは、少し気が重いです。
なぜなら、私自身も親にスマホを教えながら、何度もきつい言い方をしてしまったことがあるからです。
「さっき言ったよね」
「そこじゃないって」
「なんでメモを見ないの?」
口に出したあとで、親の表情が少し曇る。
その瞬間に、「ああ、またやってしまった」と自己嫌悪になります。
元SEとしてシステムのトラブル対応には慣れていたはずなのに、相手が親になるとまったく冷静でいられませんでした。
この記事では、きれいごとではなく、私が実際に親へスマホを教えて感じたしんどさと、少し楽になった考え方を正直に書きます。

管理人紹介
当ブログの管理人「ヒラタ」です。
- 公共インフラシステム屋さんの元SE
- Mac歴3年、Windows歴25年
- モバイル業界に約10年
- 計6サイトを運営
- ウェブ解析士
- Google アナリティクス認定資格
なぜこんなに疲れるのか?「終わりのない無限サポート」の正体

「親にスマホを教える」
言葉にすればちょっとした親孝行のように聞こえます。
時間にすればそれほどかかるわけではないのですが、予想以上に精神的に疲れます。
「先週、紙に書いて渡したよね?」「さっき、ここは触らないでって言ったよね?」 そんな言葉をぐっと飲み込み、何度も同じ説明を繰り返す。
それなのに、数分後にはまた全く同じところでつまづいている親の姿を見る。
正直、「また最初からか……」と思ってしまうことがあります。この感覚こそが、教える側の心を最も深く削っていく正体ではないでしょうか。
私も実際に、LINEの写真送信だけでかなり時間を使ったことがあります。
最初は落ち着いて説明していました。
「まず写真を開いて」
「次に共有ボタンを押して」
「LINEを選んで」
でも途中で別の画面を押してしまい、また最初からやり直し。それを何度か繰り返すうちに、私の声も少しずつ強くなっていきました。
そして最後に親が、「もういい、また今度でいい」と言った時、ものすごく後悔しました。
スマホを便利に使ってほしかっただけなのに、結果的に親を萎縮させてしまったからです。
私が一番つらかったのは、同じ質問をされることそのものではありません。
昨日できたことが、今日はできなくなっている。紙に書いて渡したのに、その紙の存在を忘れている。説明している途中で、親が不安そうな顔になる。
その積み重ねがしんどかったのです。
仕事なら、手順書を作って、再発防止策を考えて、仕組みで解決できます。でも親のスマホ相談は、そうはいきません。
相手はシステムではなく人間で、しかも自分を育ててくれた親です。だからこそ、正論だけでは割り切れない疲れが残ります。
「元SE」でもお手上げ。論理が通用しない「魔境」の孤独

SEとしてIT業界で働いてきた私にとって、コンピュータの世界は常に「論理的(ロジカル)」でした。
バグには原因があり、正しい手順を踏めば、システムは必ず正解を返してくれます。しかし、親にスマホを教える現場は、その論理が一切通用しません。
また、 私たちが空気のように使っている「アプリ」「ブラウザ」「ログイン」などをはじめとする言葉は、親世代にとっては宇宙語に近いものです。
「まずはブラウザを開いて……」と言った瞬間、親の思考はフリーズします。「このボタンをクリックして」といっても、画面上のボタンではなく、指で押せる実際のボタンを机の上に探してしまうんです。
彼らにとってスマホは「一つの機械」であり、その中に複数のソフトが動いているという構造をイメージするのが難しいのかもしれません。
元SEだからこそ、逆につらい部分もありました。
私はつい、原因を探そうとしてしまいます。
「どの画面で止まったのか」
「何を押したのか」
「いつからこうなったのか」
仕事なら当たり前の確認です。
でも親にそれを聞くと、責められているように感じることがあります。
「何もしてない」
「勝手になった」
「私が悪いの?」
こう返されると、こちらもつい言い返したくなります。けれど本当は、親は嘘をついているわけではありません。
本人の中では、本当に「何もしていない」のです。
どこからが操作で、どこからが設定変更なのか。その境界が分からないだけなのだと気づいてから、少し見方が変わりました。
「正論が毒になる」という苦しみ
「お父さん、それは設定を触ったからおかしくなったんだよ」 「何も触ってない!スマホが勝手にやったんだ!」
エンジニアなら即座に「何も触らずに設定が変わることはない」と論破したくなりますが、親子間でそれをやれば、関係は一気に崩壊します。
「原因を特定すること」よりも「機嫌を損ねないこと」を優先しなければならない。
仕事なら原因を突き止めれば終わりますが、親子だと、正しさだけでは終われません。ここが一番難しいところでした。
そもそも、今使っている『シニア向けスマホ』という選択が教えにくさの原因かもしれません。元SEの視点で、機種選びがサポートの負担にどう影響するかを分析しました。
→ 📝シニア向けスマホは本当におすすめ?私の父母の場合はこうだった!
罪悪感という名の重荷。冷たくしてしまう自分への嫌悪

教えるのが「辛い」と感じることの最大の障壁は、実は親ではなく、自分自身の罪悪感にあるのではないでしょうか。
「育ててもらった恩があるのに、たかがスマホくらいでイライラして情けない」 「他の人はもっと優しく、仲良く教えているはずなのに」 「もし明日、親に何かあったら、今日の自分の冷たい態度を後悔するんじゃないか」
そんな思いが頭をよぎるたび、優しくなれない自分を責め、罪悪感のループに陥ります。
【ここで一度、自分を認めてあげてください】
親にイライラしてしまうのは、あなたが冷酷だからではありません。
むしろ、あなたが親のことを「大切に思っており、何とかして便利に使わせてあげたい」という強い責任感を持っているからです。 どうでもいい相手なら、適当に「ふーん」と聞き流して終わるはず。
あなたが苦しんでいるのは、それだけ真剣に向き合っている証拠なのです。
イライラしてしまうのは、あなたが真剣な証拠です。私もかつては後悔ばかりでしたが、今は『渡してよかった』と思えるようになりました。その心の変化を綴っています。
→ 📝親にスマホを勧めて「後悔したこと」と「渡して良かった」こと
親にイライラする自分が嫌になる理由は、たぶんスマホだけの問題ではありません。
画面の前で戸惑う親を見ていると、昔のように何でもできた親ではなくなっていることを感じます。
その現実を見るのが、こちらもしんどいのです。
「こんなことも分からないの?」
そう思ってしまったあとで、「いや、自分もいつか同じようになるのかもしれない」と考えて、さらに苦しくなる。
親にスマホを教える辛さの中には、親の老いを受け止める辛さも混ざっているのだと思います。
私が楽になったのは、教え方が上手くなったからではありません。
「全部覚えてもらうのは無理」と割り切ったからです。
以前の私は、親にも自分と同じように理解してほしいと思っていました。
でも今は違います。
スマホを使いこなすことよりも、親が怖がらずに最低限使えること。そして、私自身がイライラしすぎないこと。
この2つを優先するようにしました。
「辛い」を「楽」に変えるための、元SE流・3つの境界線

このまま「根性」と「優しさ」だけで乗り切ろうとすれば、いつか親子関係がギクシャクしてしまいます。
私が実体験を通じてたどり着いた、心が劇的に軽くなる「境界線」の引き方を紹介します。
① 覚えさせるのをやめて、「困った時だけ直す」に変えた
以前の私は、親に操作を覚えてもらおうとしていました。
でも、それが一番しんどかったのです。
覚えてくれないと、こちらはがっかりする。親も「また忘れた」と落ち込む。誰も得をしません。
そこで私は、考え方を変えました。
「全部覚えなくていい」
「困ったら直すから、よく使うことだけ覚えよう」
そう伝えるようにしました。
元SEっぽく言えば、親をユーザー教育するのではなく、保守担当になるイメージです。
この考え方にしてから、私の気持ちはかなり楽になりました。
② アナログの力を借りる(紙は最強のバックアップ)
スマホの中にメモを入れても、親はそのメモを開けません。
だから私は、紙に書くようにしました。
しかも、細かい説明は書きません。
「LINEを開く」
「写真を押す」
「送る相手を選ぶ」
このくらい短くします。
さらに、親が実際に使う言葉に合わせます。
「共有ボタン」ではなく「点がつながったマーク」
「アプリ」ではなく「四角い絵」
「タップ」ではなく「軽く一回押す」
正確な専門用語より、本人が見て分かる言葉の方が大事です。
紙のメモは、操作手順というより不安を減らすお守りに近いと感じています。
③ 「家族」という甘えを外部へ委託する
親子だと、どうしても遠慮がなくなります。親は子どもに甘えます。子どもは親にきつくなります。
これは性格の問題ではなく、関係性の問題だと思います。
だから、スマホ教室やショップのサポートを使うのは逃げではありません。
むしろ、親子関係を守るための選択です。他人に教わると、親も意外と素直に聞きます。
家では「分からない」と言っていたことも、外ではメモを取りながら聞いていたりします。
それを見て、私は少し肩の力が抜けました。全部自分が背負わなくていいのだと思えたからです。
私が親にスマホを教える時に決めたルール
相手が親だからこそ、感情的にならずにサポートを続けるために、私は今、以下の4つのルールを自分に課しています。
- 一度に教えるのは「一つだけ」
- 説明は「5分以内」に収める
- 同じ質問をされても、できるだけ「同じ言葉」で答える
- 自分が「疲れている日」は絶対に教えない
特に大事なのは、4つ目の「疲れている日は教えない」ことです。 こちらに余裕がない時に教えると、ほぼ確実に言い方がきつくなります。
親も傷つきますし、こちらも後悔します。
だから最近は、「今日は疲れているから、明日一緒に見よう」と言うようにしています。
最初は冷たいかなと思いました。でも、イライラしながら教えるよりずっといいです。
親に優しくするためにも、自分の余裕を守る必要があるのだと感じています。
まとめ:あなたはもう、十分に頑張っています

親にスマホを教えることが「辛い」と感じる自分を、どうか責めないでください。
それはあなたが、親の老いや変化という避けられない現実と、真っ向から向き合っている証拠なのです。
たまには「今日は疲れているから、明日聞くね」と断ってもOK。 どうしてもイライラしてしまったら、少し席を立ってお茶を飲み、深呼吸をしてもいい。
スマホは本来、遠く離れた家族の声を聴き、孫の笑顔を見て、人生を豊かにするための「道具」です。その道具のせいで、あなたと親御さんの関係がギスギスしてしまい、日常の笑顔が消えてしまっては本末転倒です。
100点満点の先生を目指すのは、今日で終わりにしましょう。 「今日も画面が点いてるね、よかったね」 それくらいの、ゆるい距離感でいいのです。
完璧を目指すのをやめた時、あなたの心にも、親御さんの表情にも、きっと新しい「ゆとり」が生まれるはずです。
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